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大阪地方裁判所 昭和47年(手ワ)1470号 判決

原告

山田和子

右訴訟代理人

逵本伊三男

被告

北晃産業株式会社

右代表者

北信義

右訴訟代理人

塩見利夫

外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、当事者の求めた裁判

(一)  原告

被告は原告に対し金二〇〇万円および内金一〇〇万円に対する昭和四七年六月三〇日から、内金一〇〇万円に対する同年一〇月二九日から各完済まで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

仮執行の宣言。

(二)  被告

主文同旨。

二、請求の原因

(一)  原告は別紙目録一〜三記載のとおりの約束手形三通を所持している。

(二)  被告は右手形を振出した。

(三)  かりに被告会社総務部長訴外辰巳治男が本件手形を振出したものとしても、右辰巳治男は被告会社代表者の記名押印を代行して手形を振出す権限を有していたものであるから、右辰巳治男の手形振出行為は有効である。

(四)  かりに右辰巳治男に本件手形の振出権限がなかつたとしても、同人は当時被告会社の総務部長で、一般的な手形振出等の権限を与えられて経理一切をとりしきつていたものであるから、本件手形の振出はその権限を越えてなされたものであり、しかも原告は総務部長である右辰巳治男から本件手形を受領し、かつ、当時経理に従事していた被告会社代表者の実妹山田キヨ子も本件手形の振出を認めていたなど、原告が右辰巳治男に手形振出の権限があつたと信ずるについて正当な事由がある。したがつて被告は原告に対し表見代理により本件手形振出の責任を負うものである。

(五)  原告は満期の日に支払の場所で支払のため右一手形を呈示したが、支払が、なかつた。

(六)  よつて原告は被告に対し右各手形金元本と一手形金に対する満期の日から完済まで手形法所定率による利息の、二、三手形金に対する訴状送達の日の翌日である昭和四七年一〇月二九日から完済まで商法所定率による遅延損害金の各支払を求める。

(予備的請求原因)

(七)  かりに本件手形が訴外辰巳治男により偽造されたもので、前記手形金等の請求が認められないとしても、右辰巳治男は総務部長として被告会社の経理事務を管掌し、手形振出の権限を有していたのであるから、訴外辰巳治男が被告会社代表者の印章を偽造し、これを使用して本件手形を振出したとしても、右手形振出行為は被告会社の事業の執行につきなされたものであり、原告は右訴外人の手形偽造による不法行為により本件手形金および利息額等と同額の損害をこうむつたから、被告は使用者としてその損害を賠償すべき義務がある。

三、請求原因に対する被告の答弁

(一)  請求原因(一)は認める。

(二)  同(二)ないし(四)は否認する。

(三)  同(五)は認める。

(四)  同(六)は争う。

(五)  同(七)は否認する。

四、被告の主張

(一)  本件手形は訴外辰巳治男および同野辺守也らが被告会社代表者の記名印および印章を偽造し、これらを使用して偽造し振出したものであり、右辰巳治男には手形振出その他何らの権限もなかつたから、被告には本件手形振出の責任は存しない。

(二)  訴外山田源八郎から原告に対する本件手形の譲渡ないし裏書は、訴外山田源八郎が被告からの予想される抗弁を切断するため、もつばら同人の妻である原告をして訴訟行為をさせることを目的とした信託行為であるから、信託法一一条に違反し無効である。

(三)  訴外山田源八郎は本件手形の割引を訴外長谷川にあつ旋したのみで何ら手形上の権利を取得しておらず、したがつて訴外山田源八郎から譲渡を受けた原告も何ら手形上の権利を有しないものである。

(予備的請求原因に対して)

(四)  本件手形は訴外辰巳治男が金融業の富士合同開発株式会社の野辺守也らとの個人的な関係から、同人らとともに被告会社代表者の記名印と印章を偽造したうえ、これを使用して本件手形ほか多数の手形を偽造したものであり、また、小規模な被告会社では経理関係はすべて代表者本人が掌握しており、手形、小切手の振出等はもちろん経理の具体的な処理決定および資金繰り等は代表者本人が自ら行い、訴外辰巳治男は代表者の決定に従つて単に事務的処理および営繕関係の職務を行つていたにすぎない。すなわち被告会社の手形は会計の山田キヨ子が手形用紙に記載し、これに代表者自らが代表者の印章を押印して振出しており、訴外辰巳治男は代表者の印章を預つたこともないし、その他手形振出につき何らの権限も有しないものである。

したがつて訴外辰巳治男が本件手形を偽造して振出したことは、被告会社の事業の執行につきなされたものではないから、被告は使用者として不法行為の責任を負うものではない。

(五)  また、本件は訴外辰巳治男が被告会社の全く関知しない会社外において被告会社代表者の記名印および印章を偽造したうえ、手形を偽造し、振出すに至つたものであるから、被告において訴外辰巳治男の選任、監督につき相当の注意をなしても本件損害の発生を防止することは不可能であり、被告には責任がない。

(六)  かりに被告に何らかの責任があるとしても、原告は手形を取得する当時被告に対し本件手形の振出につき何らの照会もなしておらず、また、訴外辰巳治男が被告会社の従業員でありながら辰巳商会なる名称を使用しているなどから振出につき疑念を抱きえたはずであつたのに原告が本件手形につき全く調査しなかつた等は原告の過失であるから、損害の算定に際し十分斟酌されなければならない。

五、被告の主張に対する認否

被告の主張(二)、(三)は否認する。

六、証拠〈略〉

理由

一甲第一ないし三号証(本件手形)の振出人欄が真正に成立したものと認めるにたる証拠がなく、かえつて〈証拠〉を総合すると、訴外辰巳治男が訴外野辺守也らとともに個人的な金融をはかるため、被告会社代表者の記名印と印章を偽造し、これを使用するなどして本件手形ほか多数の手形を偽造し振出したことが認められ、他に被告が本件手形を振出したことを認めるにたる証拠はない。

二訴外辰巳治男が被告のため、本件手形振出の代理権限を有していたとの主張については、右辰巳にかかる代理権限が与えられていた事実を認めるにたる証拠がないから、右主張は失当である。

三また訴外辰巳治男は当時被告会社の総務部長であり経理事務につき権限を有し、一切をとりしきつていたから、本件手形の振出については代理権限がなかつたにしても、これは越権行為であり、原告には右辰巳に権限があると信ずるにつき正当な事由があるから被告はその責任を負うとの主張について考えるに、証人辰巳治男および被告代表者本人(一回)の供述によれば、訴外辰巳は被告会社の総務部長の肩書を有していたが、小規模な被告会社では代表者本人がすべて経理を掌握し、手形振出、資金繰りなど一切を決定し、訴外辰巳は右決定に従つて事務的処理をしていたにとどまり、何ら代理権限を与えられていなかつたことが認められ、他に右認定を左右するにたる証拠はない。したがつて何らかの代理権限の存在を前提とする表見代理の主張もまた失当である。

四原告の損害賠償の予備的請求原因について考えるに、前記のとおり本件手形は被告会社の使用人訴外辰巳治男らによつて偽造されたのであるが、〈証拠〉によれば、被告会社では代表者本人が経理一切を掌握し、手形振出、資金繰りなどの決定を行い、訴外辰巳は総務部長の肩書はあつたが、その職務は右決定に従つて庶務および経理の事務的処理を行つていたにすぎず、ことに被告会社の手形は代表者の実妹である会計の山田キヨ子がすべて手形用紙の振出人欄に記名印を押し、金額欄にチェックライターで数字を打ち、それを代表者のところへ持参し、代表者本人自らがこれを確認して自己の保管する代表者の印章を押なつして、振出しており、訴外辰巳は、代表者の印章を預つたこともなく、手形振出事務については直接何ら関与していなかつたことが認められる。〈証拠判断略〉

以上のとおり本件手形はいずれも訴外辰巳治男が訴外野辺守也らとともに個人的な金融をはかるため偽造し振出したものであり、その行為は訴外辰巳の職務とは全く関係のないものであつて、被告会社の事業の執行につきなされたものであるとはいうことができない。したがつて被告は使用者として右不法行為につき責任を負う場合にあたらないから、原告の予備的請求原因による損害賠償請求も失当である。

五よつて原告の本件手形金請求ないし損害賠償請求はいずれもその理由がないから、原告の本訴請求は全部棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。 (清水正美)

約束手形目録

一 金額 一〇〇万円

支払期日 昭和四七年六月三〇日

支払地 大阪市

支払場所 三井銀行大阪川口支店

振出地 大阪市

振出日 同年四月二日

振出人 被告

受取人 富士合同開発株式会社

裏書関係 受取人、辰巳治男順次白地裏書

二 金額 五〇万円

支払期日 同年八月三一日

支払地 大阪市

支払場所 大福信用金庫西支店

振出地 大阪市

振出日 同年五月二六日

振出人 被告

受取人 辰巳治男

裏書関係 受取人、山田源八郎、大正生命保険株式会社大阪支社順次白地裏書

三 金額 五〇万円

その他の手形要件は二に同じ。

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